HOME > お知らせ > ブログ > 【SHINHORI REGULAR BLOG#027】~測定師~

【SHINHORI REGULAR BLOG#027】~測定師~

2025.10.10ブログ

暖かい、家であった。

壁が暖かい。床が暖かい。

屋根が暖かい。窓が暖かい。

柱も、梁も、断熱材も、設備機器も――。

真冬の隙間風すら暖かい。

亀崎の家。暖かい名前である。

「ぬうっ!?」

その家に足を踏み入れた途端に、我知らず、男はうめき声をあげていた。

男の名は天草。かの天草四郎時貞の子孫にして、天草家第十六代目の当主である。

とは言えかつての隆盛は今の天草家には無い。徳川の世を生き延び、明治、大正、昭和と、かろうじて家名を繋いできただけだ。

天草の名と業も俺の代で終わりか。忸怩たる思いを男は抱えていた。

その天草は目下のところ気密測定士を生業としている。今日も測定師として件(くだん)の家に足を踏み入れたところで、思いかけず凄まじい気配が彼を襲ったのだ。

それは天草がこれまで経験したことのない類いのものであった。

なんなのだ、この凄まじい『暖かさ』は……。

「気が付いたかい?」

突然の声。振り向いた視線の先で、天草を待ち受けていた男がにやりと嗤った。

頭頂部を逆立てる奇妙な髪形をした、愛想と恰幅の良い男。

かつて、この奇妙な髪の男は佐藤と名乗った。だがおそらく偽名だ。天草がいくら調べても佐藤の素性は杳(よう)として知れなかった。本人は平安時代から続く陰陽寮の末裔だと嘯(うそぶ)いているが、眉唾ものだろう。

天草はこらえ切れぬように問うた。

「何をした?」

「何も」

佐藤は答えた。

「技さ、技術だよ。これは神秘の力でも何でもない」

「技術だと?」

全館空調さ」

「――――」

天草は歯噛みをしながら食い入るように室内を見つめた。うろうろと野生の獣のように部屋の隅々を徘徊する。低い唸り声が漏れ出ていることすら自覚が無かった。

出来るのか。

そう思う。

家のいたるところが、これほどまでに均一に暖かく保てるものなのか。

窓も、壁も、床板までもが暖かい。

そんなことが出来るのか。

人間にそんな事がやれるのか。

やれるのだと、佐藤の物言わぬ笑みが答える。

出来るのだと、足元の暖かな空気が叫んでいる。

膝が、がくがくと震えていた。

何か、凄まじいものが、背を駆け上っていく。駆け登って脳天に突き抜ける。

「あひゃららあぁ!」

天草は喜びを抑えきれずに咆哮した。

たまらぬ家であった。その様な事が出来るとは。

では俺は。俺は一体なぜこの家に招かれたのか。この様に凄まじい家に、なぜ。

「分かるかい、天草さん? いや、あんたなら分かるはずだ」

佐藤の双眸に妖しい光が宿る。

そう問われ、天草の常人離れした感覚がその痕跡を微かに捉えた。

空気だ――空気が、流れている。

空調ではない、換気ではない、妖しい隙間風が流れているではないか。

天草は呻きを止め、にやりと嗤った。

なるほど、これは俺の仕事だ。気密測定師の仕事だ。

つまり目の前の佐藤と名乗る男も、始めからそのつもりだったのである。

「やろう」

「やろう」

そういうことになった。

※参考文献 夢枕獏 著 『陰陽師』、『餓狼伝』、『闇狩り師』

※※この作品はフィクションですが、実在の人物や建物などにそこそこ基づいています。ご興味のある方はホームページよりお問い合わせください。

Y.KONDO

  • 公式Facebook
  • 公式Instagram
  • 公式Tiktok
  • 公式Youtube

一覧に戻る